IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第四次報告では,人為起源の温室効果ガスが地球温暖化の重要な要因であることを明言している.実際,現在の平均気温は1896年から1900年(5年平均値)に比べて0.75°C上昇し,20世紀の間に海面水位は17cm上昇した.しかし,注意して判断すべき点もある.大型ハリケーンの数は,1970〜1980年代に比べて,1990年代以降に増加している.これは地球温暖化の影響であると報道しているメディアもあるが,1970年以前(推定値)と90年以降を比較すると大型ハリケーンの発生頻度は同程度であり,IPCCではハリケーン数と温暖化に明確な関連はないとしている.また,現在地球は温暖期にあると考えられているので,人為活動による気温上昇分を分離することは困難である.IPCCは10〜20個の気候変動予測モデルを平均化して,平均気温の上昇幅を予測した.それによると,1990年に比べて2100年には平均気温が1.1〜6.4°C上昇し,特に北半球の極域での温度変化が大きいと予測されている.
極域と比較すると,熱帯地域での気候変化は小さいと予測されているが,熱帯地域の生態系に対する影響も想定されている.東南アジア熱帯では数年に一度の割合で,森林を構成する多くの樹種が一斉に開花・結実する現象がみられる.この一斉開花の引き金として考えられているのが,気候要素である低温や乾燥条件である.したがって,全球スケールでの気温上昇やエルニーニョ現象が頻発することになれば,東南アジアの熱帯林で樹木の繁殖が始まらない可能性がある.さらに一斉開花に際しては,多くの昆虫や動物などが,樹木の花・果実といった資源に依存し,急激に個体数を増加させることが知られている.気候変動によって熱帯雨林で一斉開花現象が起こらなくなると,そうした生物にも影響が及ぶのではないかと懸念される.
ボルネオ島の森林面積率は57%で,そのうちの74%がフタバガキ林,23%が泥炭湿地林である.現在,原生林として保全されている面積はごく限られており,バイオマスの小さい二次林が多い.
熱帯林の劣化は今なお進んでいる.森林消失のほとんどは森林火災によるもので,他に違法伐採や土地利用転換(オイルパームプランテーションなど)もその原因となっている.カリマンタン地域ではインドネシア政府の指導のもと,大規模な米作地帯を造成するプロジェクト(メガライスプロジェクト)が推し進められた.ここで開発された泥炭湿地林の地下には20mにも及ぶ泥炭層が発達しているため,灌漑によって水位が低下すると,泥炭が森林火災の着火剤となる.実際,1997年のエルニーニョ時に開発途中の泥炭湿地林で大規模火災が発生し,大面積の森林が消失してまった.
ボルネオ島は多様で希少な動物相をはぐくんでいるが,動物種の70%は木材生産を行う生産林に生息している.したがって,持続可能な森林利用を確立するためには,安定した木材生産と生物多様性の保護の両立が必要である.
森林認証制度とは,適切に管理された森林から伐採された木材であることを保証するマークをつけて流通させることによって, 森林の保全を促進する制度である.代表的な森林認証制度として,FSC(Forest Stewardship Council,森林管理協議会) 認証がある.
FSC認証を取得するためには,FSC10原則に基づいた厳しいチェックを通らなければならない.それらの原則の中には,森林環境を破壊せずに施業が行われているか,先住民や労働者の権利を尊重しているか,持続可能に利益を得られるか,などが含まれている.さらに,FSC認証を取得するためには綿密な森林管理計画を作成しなければならないが,その分FSC認証された材は高値で取引される.
FSC(FM)認証は個別の経営体,森林所有者単位で認証されるので,日本のように小規模の場合は取得が非常に困難であるという側面もある.
ボルネオ島サバ州デラマコット森林管理区では,1995年から森林許容量に従って低インパクト伐採(RIL:Reduced-Impact Logging)が実施されており,1997年にマレーシアで初めて森林認証を受けた.RILの枠組みにおいては,立木位置を全てプロットした収穫計画地図(Harvest Plan Map)を作成したり,伐採道路をどこに作るかを綿密に計画したり,木を伐倒する方角も最適化される.各施業ユニットによって伐採量は制限されており,河川流域の急傾斜地では原則として伐採は行われていない.また,伐採の対象となるのは大径木(直径60-120cm)であり,野生生物の餌資源となるような有用樹は伐り残される.他にも,違法伐採を防ぐためにゲートを作り,警備員を常駐させるといった取り組みが行われている.
低インパクト伐採と森林認証制度の導入により,生物多様性の保全と安定した木材価格プレミアの両立が実現できると期待される.しかし実際には,熱帯地域でこのような取り組みは浸透していないのが現状である.その要因としては,森林管理主体が低インパクト伐採や認証制度を認知する機会が乏しいことに加え,低インパクト伐採が本当に生物多様性・生態系機能保全という点で有効なのかどうかが十分に検証されていないことが挙げられる.
とくに,気候変動が熱帯林生態系に及ぼす影響や,木材伐出に伴う栄養塩の持ち出しが長期的に森林生態系機能にどのような影響を及ぼすのかについて,予測的に研究を行った例はない.現在の京都プロトコルでは,新規・再植林にのみ炭素クレジットが付加されるため,森林の持つ炭素貯留機能や生物多様性保全機能を評価することが求められている.
今井氏は,ボルネオ島サバ州デラマコット森林管理区において,強度を変えて伐採を行った森林(低インパクト伐採区と従来区),そして原生林区を対象に,樹木の種多様性と炭素蓄積に関する調査を進めている.これまでの調査によると,森林バイオマスは従来区で100-250、低インパクト伐採区で300-400、そして原生林区で500t/ha程度であり,伐採強度にしたがって森林バイオマスが低下していた.また,樹木の種組成にも伐採強度の違いが表れており,従来区では先駆種であるトウダイグサ科樹木が多く更新していたのに対し,原生林区では林冠を構成するフタバガキ科の樹木の稚樹が多く見られたという.低インパクト伐採区では,フタバガキ科の樹木の多様性・森林構造・更新といった点で,従来区よりも原生林区の状態に近かった.したがって,木材生産と生物多様性の持続的両立を目指す森林管理手法として,従来型の無計画な択伐に比べて低インパクト伐採のような新たな手法の導入が有効であることが示された.
(1人複数回答)
FSC認証が普及することで,生態系の保護と,持続可能な森林経営が両立できて非常に良いことであると思う.ただし,FSC認証が普及した場合もあくまで市場原理が働いていることに留意したい.例えば,FSC認証材から作られたティッシュペーパーやトイレットペーパーを消費者は環境に良いと思って購入するかもしれない.しかし,ティッシュペーパーやトイレットペーパーを,古紙として再利用することはできないので,古紙100%のもののほうが環境に良い,生態系の保護につながるかもしれない.FSC認証材から作られたバージンパルプはティッシュペーパーやトイレットペーパーに使うよりは,普通の紙などのように古紙として再利用可能な製品に使ったほうがよいと思う.しかし,あくまで市場原理にしたがっているので,環境に配慮して再利用可能な製品に使われるとは限らず,消費者が正しい判断をして初めて本当に環境に配慮できると思う.
また,FSC認証にもデメリットはあると思う.零細な林業家はFSC(FM)認証を取得しにくいので,日本国内の人がFSC認証材を好んで買うようになった場合,外国の森林の生態系は今よりも保護されるものの,国産材はFSC認証を取得していないからという理由で敬遠されかねない.なお,日本の森林は成長量よりも伐採量のほうが少なく,生産余力があり,十分な施業もされていない.よって,日本の人工林を放棄せずに適切に利用することで,外国からの木材輸入量の減少,すなわち外国の森林の保護につながるだけでなく,日本の人工林も健康になると思う.したがってFSC認証を取得していないという理由で,国産材を敬遠し,FSC認証の輸入材ばかり購入することが環境に良いとは言えない.
FSC認証の良くない点ばかり挙げたが,FSC認証により生態系の保護と木材生産が両立できるのは素晴らしいことである.FSC認証に関してはまだまだ課題も可能性も山積みだと思うので,今後に注目したい.
生物多様性保護のためにFSC認証材を買う人は日本ではどのくらいいるのかなと疑問に思った.さまざまな動物がかつて住んでいて,今は住みにくくなった生産林が実際にもあると思うが,仮にそういう場所があったとして,そのことで僕の心が傷ついてはいない.これは,その生産林の現状を僕が知らないからというのもあるものの,現状を知っていたとしても,そこまで心が痛まない気がする.環境問題の多くは人間に利害を与えるが,動物が,例えばトキやゴリラが,絶滅したからといって,それほど僕の生活に影響を及ぼさない気がする.FSC認証の利点を生物多様性保護に限って考えるとすれば,このような思考形態があるから日本ではFSC認証が普及していないのではないか.
なお,勝手な推測ではあるが動物のすみかを確保したいと心の底から思っている人の気持ちの原動力は,人間の利害の問題ではなく,自分自身が動物が好きで,すみかを奪いたくないという価値観なのではなかろうか.FSC認証材の値段が高いとすれば,そのような価値観をあまり強く持たない人は,FSC認証材を買わなくても納得できる.また「地球はみんなのもので,人間は一部を借りているだけ」という主張もあるが,前述のようにFSC認証の利点を生物多様性に限定して考えるのならば,大して人間に利害を与えないので,お金にそこまで余裕がない人がFSC認証材を買わなくても納得できる.以上,生物多様性保護を売りとしてFSC認証材を日本で販売してもあまり売れない理由を考察してみた.
(会員,M. I.)