森林バイオマスを彫る
ここでは、木版画に文章を添えて、木(森林バイオマス)の魅力やバイオマスを使うことの意味を考えていきたいと思います。また、木版画の楽しさについても紹介します。木を彫っていると、版木の木目の方向、堅さ、匂い、色などが感じられ、自然に木と友達になれるような気分になれるのです。
バイオマスは彫れる。バイオマスならではのアートをお楽しみください。
(文・絵 嶋田俊平)
いのしし
最近、人里におりてきた猪や熊、猿等が捕獲、駆除されるといったニュースがとても多く目につきます。
06年12月22日付け日経新聞によりますと、「四月から十一月までに国内で捕獲されたクマが過去最多の5,059頭にのぼり、その約9割が駆除された」そうです。ツキノワグマの生息数は一万頭前後というデータ(環境省)もありますので、その駆除頭数の大きさは絶句するしかありません。
確かに、山裾に住む人々にとって人里に下りてくるけもの達は、田畑の収穫や生活の安全を脅かす存在です。駆除はやむを得ない選択だったと思います。実際に、人的被害も死者5人を含む141件(統計を取り始めてから最多記録)となっています。
一方で、彼らが里に出てくる原因、出てこざるを得ない原因といってもよいかもしれません…をしっかりと突き詰めてみる必要もあります。
えさになるドングリ類など木の実が上作だったこと、開発による森林の減少などが言われていますが、一番の根底には、人間が森に棲む動物たちとのつき合い方を忘れていることがあるように思います。
わかりやすく言うと、森の恵みを人間と動物で“分け合う”というつき合い方です。かつて、人間は、動物たちと「棲む場所《を分け合い、「木の実」を分け合い、「獲物《を分け合い、自らの「屍《をも分け合い、生きていました。しかし、今はどうでしょう。
「人間が人間のためにつくった『人工林』」、「人間が手を入れる前の『天然林』」といった、妙に白々しいといいますか、人間中心思想での森林の線引きや管理が成されているのが現状です。
今こそ、人間と動物がうまく資源を分け合いながら使っていた「里山」という存在を再度見直す必要があるように思えます。昨今流行っている?雑木林という椊生のみに着目した見方ではなく。
いずれにしても、動物や森林等とのつき合いかたについて、じっくりと話し合っていかねばなりません。
写真キャプション
2007年が、みなさまにとって実り多き年になることはもちろん、(亥年ですし)猪や熊・猿など森の中の動物たちにとっても、実り多き年になることを祈らずにはいられません。
※この作品は2006年に作られたものです。
五山送り火
京都で過ごすお盆の話。
お盆といったら、皆さん、何が頭に浮かびますか? 私の父方の実家は長崎の五島列島で、母方の実家は鳥取なのですが、「お盆」と聞いて真っ先に頭に浮かぶのは、大学時代を過ごした京都の送り盆「五山送り火」です。
毎年8月16日、京都盆地の周囲の山に「大」「妙法」の文字や鳥居、船を形どった火が点火され、夏の風物詩にもなっている五山送り火。その代吊詞ともいえるのが大文字送り火です。京都市街の東に位置する大文字山の山腹に置かれた火床に火が灯され、縦100m、横130mの「大」の字が闇夜に映し出されます。
送り火といったら、観光客と押し合いへし合いしながら、ビルの隙間からチラチラ見える火を「あっ、見えた!」とか言って喜ぶのが普通なのですが、一度だけ大文字送り火を運営する大文字保存会のご厚意で、山上で鑑賞させてもらったことがあります。
圧倒的な迫力でした。
その時の興奮をなんとか表現したいと勢いで彫ったのが、今回ご紹介する作品です。
火床に点火された瞬間、炎は一気に2、3メートルにも燃え上がり、私たちはその迫力と熱さに後ずさりするしかありませんでした。山全体に上昇気流が起きているようでもありました。そんな私たちを尻目に、保存会のおっちゃん、おにいちゃんは声を張り上げて火をあやつる。その後姿のかっこ良いこと!
それから、忘れてはならないのが、送り火の影の主役である割木(薪のことを京都ではこう呼ぶようです)。大文字送り火で使われる割木は、なんと全て大文字山に生育するアカマツでまかなわれているのです。
火床は75個もありますから、その割木の量はハンパではありません。松枯れが進み資源が少なくなっていく中、保存会の方が苗木を椊えたり地掻きをしたりと、送り火を次の世代に継承するために頑張っておられます。
京都を離れてしまったので、毎年の送り火を見に行くことは難しくなってしまいましたが、今年も大きな大きな「大」の字が無事灯ることを祈っています。